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さよなら自分

さようなら

感情の解放としての記述

感情の解放としての記述がメインになるだろう。
そういうわけで、どうもやりきれないものを書いていこう。
子連れで歩くと人はナメてかかってくることがある。
一番ひどいのは、挨拶をして無視してくるやつがいることだ。
どこぞの幼稚園の祭りに行った時に、妻の顔見知りに挨拶すると結構な確率で無視されたぞ。
まあ産後の女は脳が萎縮しているというのもあるだろう。
ただ、あいつらは挨拶を無視することで、くだらん夫を持つことへの僻みを、多少なりと解消しようとしてるな。まあこれは偏見だと思われても構わない。
クズのようなやつらもいるということだ。
もちろんこの幼稚園に入れなかった。
子が園庭開放等に遊びに行っていただけであり、そんなにお世話になっていたわけではないからな。
あんまり男をナメるなよ。お前は夫を軽視しているのかもしれないがな。
子連れだとあまりキレてこないだろうというような甘えもあるのだろうか。
余裕がないということはわかるが、最低限の礼儀くらいわきまえろよ。
家庭や子育てという空間の常識は、外の社会では通用しない。

まああんな股間の腐った奴らとは関わることはないがな。
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さよなら自分

まあ私というものがあるから煩いを感じるのであってさ。さよなら自分

みうらじゅん氏 さよなら私

みうらじゅん氏による「さよなら私」についてのお題拝借です。

さよなら私・哲学・心理学・仏教