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さよなら自分

さようなら

  • 倒れる前の母(おばあちゃん)と娘
    倒れる前の母は、娘の面倒をよく見てくれていた。
    まあ買い物がほとんどだけど。
    だから娘にとっての愛着の対象でもある。

    母が倒れて家に来なくなった時、
    宅急便が来ただけでも、
    「おばあちゃんがきたかもしれない」
    と思って、よく玄関に走っていっていた。

    そして、違うとわかると
    「〇〇ちゃんかわいいねーっておばあちゃんがくる!」
    って泣き出すんだ。

    だから、自分としては自分が母を想っているというよりも、
    こういう関係性が壊れたことに悲しみが大きんだ。
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  • 母との今までとこれからをどう捉えればよいのか
    母との今までとこれからをどう捉えればよいのか。

    もし自宅介護(実家)でどんどん調子が良くなってきたら、
    娘の幼稚園イベントに車椅子ででも連れて行くつもりだったし、
    そこまでいかなくても娘といっしょによくいってくれていたモールとかさ、
    そんなところに行こうと思ってたけど、


    認知科学云々の人たちさ、

    これ、現状の外側だけど。

    現状の外側だけど何ともならないじゃないか。

    脳が正常に機能していないから、って言い返すんだろうけどさ。

    MRIでは、一応大脳は正常な機能を保ってんのよ。

    まあ小脳、脳幹とそれに関わる脳の血流量の低下はあるけどさ。


    母は、生きていて辛いだけなんだろうか?

    周りの人間は、母と関わって辛さの方が大きいんじゃないだろうか?

    もちろん他人である自分が決めることではないが、

    もし、本人も生きていて辛いだけで、周りの人たちも辛いだけなら、母はさらに辛いだけじゃないか。

    もちろん、他人が勝手に妄想することではないけど。
  • 私の大切な人たち
    私の大切な人たちは、別にもいる。
    妻と娘である。

    母との関係を良好にしておきたいが、
    会ってもすぐに興奮し、叫ぶだけの母に会っても、
    正直何にもならない。

    そして、改善の兆しもないようなそんなことに関わっている間、
    仕事や妻や娘との関わりが薄くなってしまう。

    極端に言えば、仕事はなくなり、破産に向かう。

    今の家族を保つことができなくなる。

    おかあさん。

    叫ぶのやめてよ。

    すべてが壊れるじゃないか。
  • 「叫び」は母との思い出を破壊するもの
    「叫び」は母との思い出を破壊するものになった。

    母に会いに実家に行ってもほとんど叫んでいる。
    特に父が登場すると叫ぶ。

    こちらが関わることで少しの不快感があるとすぐに興奮する。

    そして叫ぶ

    「おかーちゃん。
    おかーちゃん。おかーちゃん

    実際の母の母は既に他界している。

    これはよくあることだろうが、保護者を求めている時にこうした言葉が出る。

    表現は悪いが、半ば狂人に近い状態である。

    通常の会話が成り立つこともあるが、半分以上成り立たない。

    横にいて支えていても後ろに仰け反る。

    それがあまりに力強いので、少し待ってくれというと

    「なんで私ばっかり責められなければならないのか」

    ということを言い出し

    「帰れ!」と叫び出した。

    自分と母との数十年間の関係性が見事に壊れていきそうだ。

    体が動かない、それをサポートするというのはさほど気にならない。

    しかし、表現は悪いが、今、半ば狂人と化した母と接して何になるのだろう?

    辛い思い出ばかりで上塗りしていくだけじゃないか。

    優しかった部分、厳しかった部分、しっかりしていた部分、だらしない部分、それらを微笑ましく思い出したり、また、笑ったりすることもできなくなる。

    はっきり言えば、医者もさじを投げている。

    そりゃあ彼らも思いつくことはすべて試しただろう。

    これは、家族とは何か、生きているとは何か、生命とは何か、人生とは何か、人間とは何かという領域にまで踏み込んでいる。
  • 脳出血後の母の叫び
    脳出血後、リハビリ期間を経て、少しだけ体が動くようになった母。
    ただ、脳の血流量の関係からか、前頭前野が働きにくく、情動を抑制することができない。
    身体の不快感等から消極的な考えもブーストされる。
    そして叫ぶ。
    入院していてリハビリをしていた頃、特に前期はまだそうした症状はなかった。
    ある時息苦しくなってナースコールを押したにも関わらず誰も来なかったことがあった。
    そしてそれから叫ぶことが多くなった。
    身体を拘束されていた時期もあった。
    向精神薬で感情を抑えるという対症療法的な措置が取られた。

    しかし、自宅介護になってから、その叫びは日に日に増した。
  • ヒゲ、メガネのおしゃれ
    ヒゲ、メガネのおしゃれは、誰が誰かわからない。
    おしゃれと思える感性が寒い。ヒゲ、メガネ!
    ヒゲ、メガネ!ヒゲ、メガネ!ヒゲ、メガネ!ヒゲ、メガネ!
    縁の太い眼鏡もヒゲも自信のなさからきている。

    ヒゲ、メガネの面白さ

    ヒゲと縁の太いメガネは自信のなさの象徴。
    だいたいどこかでモテようとしているね。
    ヒゲのくせに。
    縁の太いメガネで自分を隠しているくせに。
  • 太秦 いさら井と一ノ井遺跡
    京都太秦にある いさら井と一ノ井遺跡。いさら井は広隆寺のすぐ横にある古井戸。

    広隆寺のすぐ近くなので、嵐電の太秦広隆寺からすぐ行ける

    いさら井と一ノ井遺跡 京都市右京区
  • 飲食店サイトのアレルギー情報表示
    飲食店サイトのアレルギー情報表示
     
    飲食店ホームページ用のアレルギー情報表示の掲載例の紹介。
    飲食店においては食品表示法で定められているアレルギー表示の義務が適用されないため、飲食店におけるアレルギー表示は、原則として義務化されていません。
    しかし、可能な限り特定原材料8品目(えび、かに、くるみ、小麦、そば、卵、乳、落花生)については対応しておいた方が良いと思います。ホームページ(ウェブサイト)上においても、同様に可能な限り表示しておくとアレルギー対応が必要なユーザーの役に立ちます。
     
     
     
    店舗内やホームページ上にアレルギー情報があると、来店者、来店予定者の安心度が高まります。
     
    飲食店でも自主的にホームページでアレルギー表示をしているところもあります。とりわけ大手飲食店においてはアレルギー情報一覧表の記載が進んでおり、「アレルギー物質を選択し、選択した物質が含まれないメニューが表示される検索機能を持ったホームページ(ウェブサイト)」もあります。
  • 御室仁和寺 八十八ヶ所
    成就山・御室八十八ヶ所霊場 四国の八十八ヶ所は、四国にある空海ゆかりの88か所の寺院の総称。 こちら御室八十八ヶ所はその場所の土を埋め込んだ京都の八十八箇所
  • ある元サッカー選手の本性
    ある元サッカー選手、というよりサッカー界レジェンドの本性。Kかな。
    蹴球唾吐
  • うるさい灯油販売者
    冬になるとうるさい灯油販売者が街を騒音で満たす。
    こうした爆音の灯油販売車は然るべき方法で行政に通報することで撃退する事ができる。
    せめて家の前だけでも静かにしてほしいと思うなら、通報することだ。
    灯油販売の拡声器の使用による宣伝はたいてい条例違反。

    爆音の灯油販売車を撃退する 業者が出す騒音は行政が対応してくれる。
  • 「これが人間か」プリーモ・レーヴィ
    改訂完全版アウシュヴィッツは終わらない「これが人間か」には、プリーモ・レーヴィが体験したアウシュビッツ強制収容所での経験が掲載されている。強制収容所から生還者が極限状態についての心の動きを書いている。ナチスドイツの狂気のみならず、人間の苦痛や野獣的要素、文明的・自由意志・極限状態の人間の狂気について。

    これが人間か
  • 威圧に利用される「能ある鷹は爪を隠す」
    「能ある鷹は爪を隠す」という言葉は時に威圧に利用される。実力のある者は、それを見せつけるようなことはしないというような意味を逆手に取って威圧に利用するおじさんがいる。
    「能ある鷹は爪を隠す」の使用例
  • 霊感商法はニュースになるような業者だけではない
    霊感商法はニュースになるような業者だけではない。一般的な宗教法人でも収益の理屈を考えてみれば霊感商法と同じ。いわば人の心につけこむビジネスとしての要素がある。

    墓ビジネスは儲かるのか?(霊感商法)
  • 妖怪 袖引小僧
    妖怪 袖引小僧
    袖引小僧は埼玉地方に現れるいたずら妖怪。
    夕方、日の落ちた道を歩いていると後ろから着物の袖を引くものがいるのでびっくりして振り向いてもそこには誰もいない、という現象は袖引き小僧の仕業。
    妖怪「小僧」
  • 女妖怪 鍛冶媼
    女妖怪 鍛冶媼
    鍛冶屋の妻が、夜道に迷って狼に取り囲まれて食い殺されてしまった際に霊が狼に乗り移ったのが鍛冶媼(かじばばあ)。その後、旅人を食い殺すようになった。出現地は、土佐(高知県)。
    女妖怪
  • 妖怪 豆腐小僧
    妖怪 豆腐小僧
    大きな笠をかぶり、盆に乗せた豆腐を手に持っている子供の姿の妖怪豆腐小僧。雨の日に竹藪から出現する。豆腐をうっかり食べてしまうと、体にかびが生えてしまう。出現地は、薩摩今泉。

    妖怪「小僧」
  • 妻への絶望 愛別離苦なのか怨憎会苦なのか
    妻への絶望について。
    愛別離苦なのか怨憎会苦なのか、いやどちらもだろう。
    かつては育児に対して尊敬の念も持てた。
    少ない睡眠時間の中、母乳を与える姿なんかは特にね。

    それがあれば、夜の生活がなくても、受け入れることはできる。
    家事が追いついていなくても、全く気にならなかった。

    しかし、問題は幼稚園に入ってからだ。
    時間も体力も余裕ができた。
    しかし結局、ママ友との交流、クラブ活動を優先し、
    挙げ句は子どもよりママ友とのLINEを優先する。
    もしくはメルカリ。
    メルカリやLINEに集中したいからと、娘を蔑ろにする。
    かまって欲しさに子が声を上げても、子に怒り出す。

    そんな中、こちらはもっと適当に扱われる。

    そんなのは限界だ。
    かつては愛を持てた。
    しかし、今はどうだろう。

    クソマンのサゲマン。

    自己評価を下げる存在でしかない。
    たしかに多少の労力はマシになっている。
    しかし、意識の矛先はどこにあるのだろう。

    結局は何かしらの世間体。
    なぜ、家族を最優先にしないのか。
    それは面白くないからだろう。

    ただ遊んでいるだけじゃないか。

    一度はっきりと言った時、妻は発狂した。

    「ああああああ」と叫んで、泣いていた。

    改心したかと思ったが、そんなのは数ヶ月だけの効力だった。

    正直めんどくさい。

    ただ、好きになれと言って好きになってもらうというのは違う。
    子をもっと好きになれと言っても、本心が違うのなら、どうせ嘘になる。

    カネの面も労力の面も限界まで費やしたつもりだ。

    それでも余裕ができて遊ぶだけなら、
    ナメられているとしか思えない。

    どうせいざという時に何もしてくれないような人脈もどきを優先するというのはおかしいが、そっちが好きならそっちに養ってもらえ。

    もう、女としても要らない。
    クソマンのサゲマンだからな。

    そんなことを思いたくはないが、それが本音だ。

    愛するものと分かれる苦しみ、
    そして毎日のように嫌いなものと会わねばらぬ苦しみ、
    その両方だ。

    相手に変わってくれというのはおこがましい。
    しかし、自分と子のためには、どうにかするしかないと思っている。


    そんなことを考えさせないでくれ。
    普通に夜も心置きなくガンつきできればいいんだが、
    ハイコストローリターン。
    割に合わない。
    気兼ねなしにすべてのことが運ぶようになってくれ。

    もうそろそろ限界だ。

    そんなことを思って何年何ヶ月だろう。

    少しマシになるかな、なってきたかなと思うと、
    何かしらの理由ですぐに駄目になる。

    相手の人格なんて気にしたくないんだ。

    こんな人生は真っ平だ。

    毎年冬になると、この世から去りたくなる。


    「愛別離苦」愛するものと別れる苦しみ

    「怨憎会苦」嫌いなものと会わねばならぬ苦しみ


  • 能ある鷹は爪を隠すの悪用
    能ある鷹は爪を隠すの悪用。元の意識が自尊心欠落状態だと、言葉の解釈も悪用に向かう良い例である。

    威圧に利用される「能ある鷹は爪を隠す」
  • B-DASH的な言葉遊び
    B-DASH的な言葉遊び。雑草くんは面白いな。初期のB-DASHはもっと意味が不明瞭だったが「雑草くん」くらいからは言葉と音をおもちゃにしている感じが洗練されている。

    「言葉」と「音」というおもちゃ
  • 真面目の仮面をかぶった怠け
    真面目の仮面をかぶった怠けという見方がある。

    真面目と怠惰という対義概念があるが、実は真面目に見えて大怠けであるという場合もある。

    真面目と怠惰

    逆説的な怠惰といったもの。真面目で誠実に見えて、それに甘んじることで本質から目をそらしているということもある。本質から目をそらし、何かをやるのは嫌だというのを真面目という部分でごまかしている場合だ。
  • 金切り声・奇声 子供の絶叫
    金切り声・奇声 子供の絶叫。金切り声とは金属を切るときに出るような高く鋭い女性の声になるが、それほどの甲高い声で子供が絶叫している。そうした高周波の奇声が聞こえる頻度が高まった。



    学校、保育園・幼稚園、公園はもちろん、道路、飲食店、スーパーに至るまで金切り声・奇声が響く。嬉し楽し的な奇声であったり何かの驚愕を表すような金切り声であり、これらの声を放置する人々もいるが、本格的に対処しなければならない。
    金切り声・奇声を発する子供の保護者が居直るケースも多い、「昔からある」や「元気なことはいいこと」というような声があるようだが、そうした問題ではない。


    「キャー!」「きゃあん!」と叫ぶ子供の奇声への対処 子供が叫び声を上げることをふつうのコトとして捉えてはならない。 それは公害であり、教育していかねばならない。
  • キジバト・ヤマバトの鳴き声
    キジバト・ヤマバトの鳴き声にはいくつか種類がある。
    キジバト・ヤマバトの鳴き声はオス3種メス1種ほどある。
    ホーホー ホッホー・テーデー ポッポー系のほか、
    ホーホーホホー、
    ブーブーブーブー、プープープープーである。

    雉鳩(キジバト)・山鳩(ヤマバト)の鳴き声
  • 「能ある鷹は爪を隠す」の使用例
    能ある鷹は爪を隠すとは、実際に才能や能力がある実力者は、その才能や能力を見せびらかせることはしないというような意味になる。 「能力のある者は、軽々しくその能力を見せつけない」というものであるがこの言葉は出る杭を打つの如く利用される場合がある。

    能ある鷹は爪を隠す

    新入社員や若者を見つけては「能ある鷹は爪を隠す」という言葉を使用して、間接的に「調子に乗るな」ということを示す。「能ある鷹は爪を隠す」という言葉を目の前の相手に直接的に使用することは威圧につながる。
  • カピバラを撫でると
    カピバラはおしりのあたりを撫でるとごろんとなる。

    伝説のおばあちゃんカピバラまりもちゃんの孫「まる」。

    草津熱帯圏 マーラ・ミニブタ・カピバラ